古い街並と新しい息吹

福留 誠

「は−るばる来たぜ函館、逆まく波を乗り越えて・・・」

北島三郎さんの「函館の女」の歌詞である。私が二十代の頃、汽車と

連絡船に乗り継い
で、故郷に戻る時、次第に近づいてくる函館

山を眺めては、何時も胸の高まりを覚えたものだ。


                   摩周丸

幕末開港を求めてやってきたペリー艦隊、盛岡の故郷を追われるように海を渡った

石川啄
木、多感な高校時代を函館で送った芥川賞作家の辻仁成、彼等も私と同じように

船のデッ
キから函舘山を眺め、北の地に期待と不安を感じたのではないだろうか。

函館山は別名「臥牛山」と呼ぱれ、戦前まで津軽海峡を守る要塞地帯として、一般市民は

立入ることも写真を撮ることも出来なかった。私が生まれ育ったこの山麓一帯は、明袷

以来の教会や洋風建築が多く、エキゾチックな雰囲気が漂っている。

十年前のバブル時代、リゾートマンションを建てるため盛んに地上げがおこなわれた。

今でもその名残りで、利用されない空地が多く見られる。又幾つか建てられた高層のマン

ションも、周囲とは異質な空間を形づくっている。

主要な建物は伝統的建造物に指定されて、維持保存のための努力がなされている。しかし

街並みの大部分を構成する一般の民家は、築後七、八十年経て老朽化が著しい。

ここでは、二階は縦長の上げ下げ窓、一階は

京都で見られるような格子窓、外壁はペンキ

塗りの下見板、そういった家が多い。

いわゆる和洋折衷様式の建物で、函館独特の

建築スタイルだ。

長野の宿場町「妻籠」、掘割りで有名な九州

の「柳川」、あるいは白壁の「倉敷」など

は、日本の古い街並を残している。これらの

町は、今も大勢の観光客を集めている。鉄と

ガラスとコンクリートに囲まれた現代、“木”と

“土”の『古い街並み』に若い人も魅力を感じて

いるようだ。

わたしは和風と洋風がミックスした古い建物の

残る西部地区は、函舘の貴重な遺産だと思う。

しかしこの辺りの住民は高齢者が多い。又ほ

とんどの建物も建て替えの時期を迎えている。

このままでは、明治時代をタイムスリップし

たような今の街並みが、やがて消えてしまう

のではないだろうか。

しかし昔の建築様式を再現しただけでは、冬

寒いだろうし、また暗くて住みにくいだろう

と思う。

ある程度快適な住まいにしなければ、人は住

んではくれない。

若い人が住むようになれば、この『レトロの

街』にも活気が生まれる。この地区に似合う

『和』と『洋』がうまくミックスした、ちょ

ぴりモダンな建物が欲しい。コンペを開い

て、全国の建築家にデザインを提案してもら

ったらどうだろうか。

山の中腹に住んでいる友人がいる。

冬の朝、出勤のため坂道を下ると、滑りやす

い路面には砂がまいてあって、非常に助かっ

ていると話してくれた。近所の誰かが暗い内

から、ボランティアでやっているのだろうと

のことだが、古い港町ならではの温々とした

話である。

しかしこの町は北洋漁業の衰退、交通体系の

変化で人口も減り、日本有数の不況都市とな

った。でも私はこの町に、新しい息吹を感じ

ている。


                
未来大学


           
内部から函館山を望む

それは「公立はこだて未来大学」が今春開校

することだ。『複雑系学科』と『情報アーキ

テクチュア科』という時代の最先端を研究す

る大学だ。『複雑系』というのは現代の複雑

な動き、例えば政治や経済のさまざまな動き

を数式モデルに表して、その役割や働きを解

明したり予測しようというのである。この分

野では日本のパイオニア的な大学となる。

もちろん生命の起源、進化、脳、生態学など

まだ未知の分野でも応用できる可能性を秘め

ている。そういった意味で『科学の謎』を解

き明かす、最短距離に位置する学問かもしれ

ない。

三十年前、月に人間が一歩をしるした。その

アポロ計画で使われたコンピューターより

も、今我々が日常使っているパソコンのほう

が能力的に上という。地球の裏側からも、一

瞬の内に情報を得ることができるインターネ

ットは、コンピューターの進歩なくしては考

えらえなかった。

この有り余るコンピューターの能力を最も活

かす道は、人間並みの能力と動作ができるロ

ボットの開発と言われる。この『未来大学』

は、こういった分野の研究にも力を入れると

聞いている。全国から意欲的な学生と、それ

を指導する一流の先生が集まってくれば、こ

の『北の古都』に新しいエネルギーが生まれ

るかもしれない。

十年後、二十年後大学周辺に、関連の研究所

やロボット製造工場ができ、そこで学び働く

人の住宅がつくられる、そんなことも夢でな

い気がする。

函館山の西部地区には古い静かな空気が漂

い、東側の丘にはハイテクな建物が広がる

町、そして老人が安心して暮らせる町、また

若い人がいつも刺激を受ける町、函館をそん

な『故郷』にしたい。

住所   七飯町大中山

氏名   福留誠

職業   居酒屋経営

年齢   五十三才

  前に戻る