函館山裏探訪記
「密漁禁止」の看板が立ててある 柵をこえて、いよいよ出発だ。時計 は10時であった。天気は快晴、波は 穏やかで絶好の日和だ。 柵を越えた石切場跡の前海、上磯の セメント工場が向かいに見える。この先 の洞窟は、吊り橋がないので泳がなけ ればならない。 |
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函館新聞社提供 |
空から、穴澗の洞窟が見える。しば らく泳いで渡った。 |
吊り橋がかかっていた洞窟から、 約30分。寒川も近い。ゴミの多いの には驚いた。ペットボトル、タイヤ、 ハングル文字やロシア語で書かれた 空瓶など。 ここに来るまで、浅瀬を歩いたり 岩壁をくり貫いたトンネルを通る。 昔、寒川に住んだ住民は、街まで こうした道を通って いた。海が荒れ た時など、何人も波にさらわれた という。 |
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沢から流れ出る小さな川。3本ある から三本川とも呼ばれ、寒川の名前 の由来にもなっている。ここで、少し 早かったが昼食にする。持参した醤油 と山葵は重宝した。 吊り橋が壊れた時、この沢沿いに 山越えして、街に出たそうだ。 |
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ここが寒川。多い時は28戸 約60 人の住民がいて分教場(学校)まで あった。 潮溜まりが至るところに見られ、子供 たちの良い遊び場だった。冬の間 海苔を採って現金に換えていた。 |
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集落があった時の船着場と思われる。 明治の頃まで、前浜はブリ、イカ、 マグロの良漁場であった。 人工の円筒が残っているが、灯台の 目印かもしれない。 |